あと5年の距離


「あと5年の距離」

著:もなみ。 

■あらすじ
優秀な5つ違いの双子の兄と姉は有名大学を卒業し、大手企業に就職をした。大学受験を控えるが成績が足りず、担任の藤塚から勉強を教えてもらうことに。

 

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もう、5年早く生まれてこれればよかったのに。

大学受験なんてうまくいくわけがない。
優秀な5つ違いの双子の兄と姉は有名大学を卒業し、大手企業に就職をした。私の人生はこの家庭に生まれてきた瞬間から不幸になると決まっていたのだ。
勉強はもちろんのことスポーツ万能。容量だってよくて。私の才能はふたりにとられてなくなってしまったのだ。

「で、結局お前は何がしたいわけ」
担任の藤塚真人は言葉が汚い。藤塚のやる気のなさと言葉づかいには、高校生の私でもため息が出る。
「そこそこいい大学入って、そこそこいい企業に就職するつもりです…あの、これ何回目の質問でしたっけ」
藤塚は私を睨みつける。すぐ感情的になるなんて、これでも先生なのかしらと思ってしまう。
「高木、どうしてこの大学を選んだ」
でた、熱血教師のこのパターン。前の担任なら、「そうか、がんばれ」で終わるのに。学校的にもいい大学に入ってくれた方が賢明だろう。
「私の成績じゃ足りないのは十分わかってます」
じゃあ、どうしてこの大学を選んだのか、と聞かれるのはいつものパターン。
「違う。俺が言いたいのは、この大学に入って何がしたいのかってことだ」
今までにない質問に驚いた。
藤塚は高校生の私が子供らしくないから鼻に付くのだ、きっと。
「いい企業っていうのは、お前にとって入りたいと思える企業だ」
「大手で高収入で安定している会社はいい企業とは言わないのですか」
藤塚は私の生意気な態度に手も足も出ないようで、イライラをこらえている。
「かわいくねーの」
「可愛くなくて結構です」

そんな、おせっかいな藤塚が3年の担任になってしまったせいで、私の歯車は狂い出す。

「おい、高木。ちょうどよかった、これ運んでくれ」
藤塚に呼び止められ、振り返ると大量の資料を抱えていた。
「女子に持たせるものではないと思いますが」
「固いこと言うなよ」
これは私への嫌がらせなのだろか。肉体労働を強いられても痛くもかゆくもないが。
「お前さ、進路どうすんだよ」
「またそれですか」
思ったよりしつこい藤塚がとても面倒くさい。
「俺はさ、勉強だけはめっちゃできたんだよ」
「…自慢ですか」
荷物を持たせた挙句、成績のことまで回りくどく言ってくるなんて教師として最低だ。
「でも、なりたいものがなくてサラリーマンやったんだけど、合わなくてな」
藤塚の方へ振り返ると、わたしのことをあまりにまっすぐ見ていたので、その視線から目が離せなかった。
普段見ない真剣な表情が、まるで藤塚でないみたいだった。

「藤塚先生」
背後から聞こえたのは、隣のクラスの吉澤さやか先生。ほんのり香る香水が女性の大人らしさを引き立たせていた。
「学年集会のことでちょっとお話があるんですけど、後で職員室でお話しできます?」
「お、いいっすよー」
にこりと微笑む彼女からは、いつも大人の余裕を感じる。藤塚とは正反対だ。「私も早く大人になりたい…」
ぞう自分の口から出た瞬間、ハッとした。自分らしくない。
「お前じゃまだ無理だな」
藤塚の言葉に蹴りを入れたくなったが、そんな挑発には乗ってはいけないと自分に言い聞かせる。
その場を早く切り上げたくて早足で目的地まで行こうとした。
「高木、お前が本当になりたいもののためなら放課後、勉強教えてやるよ」
そんなおせっかいな言葉に頼りたくはなかった。

学校から帰宅すると、誰も帰ってきてはいなかった。
私の家族はいつも仕事に追われ、ろくに話をする時間すらなかった。
親・兄姉に認められるような企業に就職しなければ、いつまで経っても私という存在を気にも留めてもらえない。
”勉強教えてやるよ”
さっきの藤塚の言葉が頭をよぎる。藤塚はおせっかいだ。
自分がなりたいものってなんだろうか。勉強すればそれが見つかるのだろうか…。

 

 ***

「お、やっと来たか」
2週間も答えを出す時間がかかってしまったから、藤塚はもう教えてくれないのではないかと思っていた。
「なりたいものは見つからないけど、とりあえず」
満足そうな藤塚の笑みが子供っぽく、くすぐったかった。
苦手な藤塚に勉強を教えてもらうなんてどうかしてる、そう思ってはいるのだが。
「何もしないよりはマシかな」
「生意気なところは相変わらずだな」

藤塚は教え方だけはうまかった。言葉遣いは悪いのが欠点だが。私は、藤塚の教え方に少し見直しかけていた。勉強のことだけでなく、家族のことや友達のこともなぜか自然と話すようになった。
「わりぃ、明日は勉強見てやれねぇ。予定がもとから入っててな」
この日の藤塚は少し機嫌がよかった。何かいいことでもあるのだろうか。
「別にいいけど」
藤塚はホッとしたように肩をなでおろす。
「おんな?」
とっさに口から出た。
「はぁ!?そんなんじゃねーよ!!」
あまりに大きなリアクションに私は、なぜか心にもやがかかった気がした。
藤塚のこういうわかりやすいところは嫌いじゃないが、嘘が下手なのはあまりよろしくない。
「別に嘘つかなくてもいいのに」
ポツリと出た言葉が、一層自分の心をなんとも言えない気持ちにさせた。
「うっせーよ、子供のくせに」
私といたって今まで一度も見せたことのなかった少し照れたその表情に、チクリと胸に何かが刺ささった気がしたのには気づかないふりをした。

藤塚に勉強を教わらないで帰るのは久々のことだった。こんな明るいうちに家に着くなんて変な感じだ。
とりあえず、教科書を開いて机に向かってみることにした。
カリカリ…とシャーペンのかすれる音と時計の音だけが部屋に響く。
顔を上げると藤塚がいるような気がした。たまに疲れて寝ている姿が子供みたいで面白い。
くすっと笑いがこぼれた。藤塚は今、誰とどんな会話をしているんだろう。
”おんな?”
我に返る、まるで勉強にならない。いつもどうやって勉強していたのかも忘れてしまった。

気分転換をしようと、コンビニへ行くことにした。糖分が足りないから集中力もとぎれてしまうのだろう。
コンビニの帰りに楽しそうに会話をするカップルを見かけた。
なんだかとても盛り上がっている。男の人の方が一瞬、藤塚に見えた。ふと我に返ってそんなこと思った自分に驚いた。
今日の私は頭がおかしいみたいだ。気づくと、藤塚のことばかり考えている。
きっと毎日のように勉強漬けで、いつも藤塚が教えてくれていたから、勉強のことを考えると藤塚もおまけで出てきてしまうのだろう、と自己完結をした。家へ戻ろうと、足を踏み出した。
「マサトくんっ」
さっきのカップルから、そのフレーズだけが聞き取れた。マサト…?
頭で考えるより先に、私は声のした方へ振り返った。
自分の目を疑った。そこにいたのは、藤塚真人と吉澤さやか。

“おんな?”

それは、吉澤先生のことだったのだ。一気に頭が真っ白になった。
ということは、二人は付き合っている…?
私は動揺し、買ったコンビニの袋を落としてしまった。その音が聞こえたのか、藤塚たちがこっちを振り返ろうとしたので、私は落としたものを拾わずその場を全力疾走で立ち去った。

家の前まで着くと、部屋に明かりがついていたので、誰かが帰ってきているようだった。
玄関から入ると、母親が不思議そうに私の顔をのぞいた。
「…どうしたの?」
「え、何が?」
「…何もないならいいわ。」
久々に会話した母に予想外の言葉をかけられ驚く私を尻目に、母はリビングに戻ってしまった。
部屋に戻り何気なく鏡を見た私は、自分が涙を流していることに気付いた。
なにこれ
これじゃまるで…

 ***

気落ちを整理しきれないまま、いつもの放課後がやってくる。

「私、もう勉強やめます」
とっさに口から出た言葉。私はいつも通りに藤塚と話せているだろうか。
「は!?意味わかんねー何だよ急に!!お前これまで頑張ってきただろ?どうしてこんなとこで…」
藤塚が喋る度、色々な感情が渦巻いていく。
「私が藤塚先生の時間を奪っているのなら、もう勉強は見てくれなくて結構です」
早くこの会話を終わらせなければ。それだけに必死だった。
「昨日は悪かったよ、もうないようにする。だから途中で投げ出すようなことは…」
「昨日…」
「…どうした?」
どくんと胸を打つ緊張が藤塚にも伝わったのか、緊迫した雰囲気が流れる。
「…昨日、勉強進まなくて」
違う。こんなことが言いたい訳じゃない。確かめたいのだ。昨日のカップルは本当に藤塚だったのかどうかを…。
「家族となんかあったのか?」
どうして、そんな意味のない心配をしてくるのか。無条件の優しさが、今の私にはただただ辛いだけだった。
「わたしのこと、何とも思ってないくせに…」ぼそっと呟いたその言葉は言うはずではなかったことであって。
まずい…そう思った時には遅かった。
これは、なかったことにするのが一番だ。私はとっさに自分のカバンを持って教室から飛び出そうとした。
しかし、急に引っ張られたカバンの衝撃に、出ていくことは叶わなかった。
びっくりして振り返ると、藤塚は悲しそうな顔をしていた。
「…ごめんな」
意味がわからなかった。
藤塚は何か白いビニール袋を差し出してきた。
「忘れ物」
それは昨日、私が落としたコンビニの袋。藤塚は私だと気付いていたんだ。
その”ごめん”の意味はなに?私の気持ちを知っていて答えられないからってこと?そんなの、自意識過剰もいいとこだ…。
いやな感情が渦巻いた。

それから私は、藤塚に勉強を見てもらうことはなくなった。
代わりに、なりたいと思えるものが見つかった。
どうせ、と思いながらも両親にその旨を伝えてみると、
「初めて自分の思いを打ち明けてくれたわね」
と、両親は予想外の反応をした。私期待されていなかったわけじゃない。自分でそう思い込んでしまっていただけだった。
「応援してるわよ。あなたが自分で決めたことだもの」
「…うん、ありがとう。頑張るね。」

***

「高木さん」
声をかけられて振り返ると、吉澤先生だった。正直、何の話なのか怖かった。おそるおそる近づいていくと、彼女の表情はいつも通り余裕の笑みだった。これが大人の余裕なのか…。
「進路希望、変えたんだって?」
「はい…私じゃちょっと無理かもしれないですが」
吉澤先生は、にっこりと笑った。どうしてこの人はすぐ笑うんだろうかと思った。
「担任の先生を信じれば大丈夫よ」
意味深な言葉に戸惑うことしかできなかった。これは牽制なのだろうか。
しかし、私は生徒。どう、足掻こうが何も起こることはない。無駄な忠告だと思った。

***

そして時は過ぎ、受験が終わり、結果発表の日がやってきた。
自分なりに勉強し、入りたかった志望大学には無事合格することができた。
私は今までのことが嘘のように家族と会話するようになり、大学の合格も両親はもちろん、兄姉もまるで自分のことのように喜んでくれた。

そして、私は卒業式を迎えた。

卒業式が終わり、みんな名残惜しそうに帰っていく中、私はなかなか教室から出れずにいた。
窓から外を眺めていると、
「…髙木?」藤塚がひとり、教室に入ってきた。
まさか話しかけてくるなんて思っても見なかったので、心臓が一瞬跳ね上がる。
「…先生」
「卒業おめでとう」
「それ、何回目ですか。もう聞き飽きちゃいました」
寂しい思いが伝わらないように、あまり顔を見ないようにした。最後かもしれないのに。
本当はずっと見ていたかった。話していたかった。
「藤塚先生、勉強教えてくれて、ありがとうございました」
「よかったな、なりたいもん見つかって」
「先生のおかげ。自分の夢、見つかったのは」
「なんでだよ」
そんなこと、言えるはずがない。
「内緒」
「なんだよ、教えろよ」
笑ってごまかすことしかできなかった。
「吉澤先生とお幸せに」
精一杯の私の強がりに、藤塚ははあ?という顔で口がぽかーんと開いたままだった。
「誰にも言いませんから、安心してください」
今にも涙があふれそうだった。それと同時にいろんな思いもあふれてしまいそうだった。
「じゃあ、私これで。先生、さよなら」

最後に歩く教室は、とても切ない。
帰ろうとした私を藤塚は引きとめた。私の腕をしっかりつかみ、離そうとはしなかった。
「吉澤は俺の親せきなんだよ、あいつはもうすぐ結婚する彼氏もいる」
予想外の言葉に唖然とした。
なにもかも勘違いだったってことだ。自分の言動や悩んでいたことが一気にバカらしくなってきた。

「なら、藤塚のこと、まだ諦めなくてもいいってこと?」
抑えていた気持ちが一気に溢れて、言わないでおこうとしていた言葉を口走ってしまった。こんなガキに何言われても動じないに決まっている。言ってしまったことに後悔した。
しかし、藤塚の顔がほんのり赤くなったのが分かった。
沈黙が流れる。気まずい雰囲気の中、どうやってはぐらかせばいいかを考えていた。
すると藤塚は、「お前の夢が叶ったら、またここへ戻ってくるんだろ」と、つじつまの合わないことを聞いてきた。
「まあ、私がちゃんと教師になれればですけどね」
よくわからない質問。しかも、私が母校に帰って来れるなんてまだわからないのに。
「それまでに気持ちが変わってなかったら待っててやってもいい」
不器用な藤塚なりの答えが私はただただ嬉しかった。
「長いよ」

あと5年早く生まれて来れていたら、藤塚の隣にいれただろうか。
だけど、あと5年早かったら、藤塚とは出会えていなかったのかもしれない。

いつか私も藤塚のような教師になって、隣に並べる日がくるだろうか。

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* * * * * エピローグ * * * * *

 

あれから、5年。

「本日からお世話になります、高木真歩です、宜しくお願いします」
私は緊張の中、歓迎の拍手に包まれた。結局、母校に就職することはできなかったが、ちゃんと夢を叶えることができた。

「新任の高木先生の指導係は藤塚先生にお願いします」
フジツカ…懐かしい名前だ。
「藤塚です、宜しくお願いします」
顔を上げた瞬間、夢じゃないかと疑った。私の目の前には高校3年の時の担任である藤塚真人がいた。
「あ、えっと、宜しくお願いします…」
混乱した。藤塚と、まさかこんな場所で再開できるなんて思っても見なかった。
「わからないことがあれば、いつでも聞いてください」
しれっと、私を忘れてしまったかのような態度。化粧をしているからわからないのかな。

職員室を出ると、背中越しに声をかけられた。
「夢、叶えられたんだな」
「えっ…」
振り返ると、5年前の無邪気な笑顔がなんだかとても眩しく思えた。

 

* * * * * * * * * *

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