見えたはずの未来。


「見えたはずの未来。」

著:まつくぼっくり

■あらすじ
知りたい、知りたくない。」次話
フランスから帰国した陵を向かい入れたのは見知らぬ男”阿久津翔”。綾乃のフィアンセだと語るこの男の堂々とした振る舞いに陵は何も言うことができず…。お嬢様へ想いを馳せる付き人の身分違いの恋の行方はいかに。

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留学から帰ってきた日、俺を向かい入れたのは綾乃の未来の夫を名乗る男だった。

玄関先で思わぬサプライズ(と呼ぶべきかはわからないが)を受けた俺は、阿久津と名乗る男に促されるままリビングへ足を運んだ。
「今お茶を用意してもらうね。長旅疲れたでしょ?」

そう言って我が物顔でソファに腰掛ける”阿久津さん”を見て俺はいよいよ不信感を覚える。
綾乃は何も言ってこないけれど、どこか元気がないようにも見えて。
もしかしてその原因はこいつにあるんではないか、と考えるとこの男はなんて呑気な態度なのだろう。
本当にこんな奴に綾乃を嫁に出していいのだろうか。
そう心では思うのに、そんな権利が俺にあるのか、とも思ってしまう。
この男にどう接すればいいか思いあぐねていると、

「陵。」

ずっと黙りこくっていた綾乃が口を開いた。

「陵、この人、阿久津翔さん。阿久津ホールディングスの次男の人だって。」
「あ、あぁ…。いつも綾乃がお世話になってます」

突然の紹介に戸惑うが、挨拶くらいは、と頭を下げる。

「…なんで君がそんなこと?…あぁ、付き人だもんね。綾ちゃんのお世話係ってことか。」

いちいち尺に触るやつだな。
そもそも婚約者だなんて今時バカみたいな話、本当のことなのだろうかと、本質的な部分を疑い始めた時、

「陵、私ね、この人と結婚するんだって。」

綾乃は何でもない顔をしてそう呟いた。
ほんの少しの期待が、打ち砕かれた瞬間だった。

俺は忘れていたんだ。自分の愛する娘のためならかかる費用も厭わず10000キロ離れた土地へ、使用人の子供なだけのただの一般人を飛ばすことすら簡単にやってのける大人がいることを。
そして、俺と綾乃がどれだけ違う世界で生きてきていたかってことを。
俺がどんなに願ったって、強い綾乃はどこまでも、一人で歩いて行けてしまうんだってことを。

「ふふ、そういうわけ。ちゃんと綾ちゃんも納得してるんだよ?そんな怖い目で睨まないでってば。」

”綾ちゃん”なんていかにも馴れ馴れしい呼び方をするこいつを今すぐ追い出してやりたいが、そうできないのは俺が、

「”付き人”の陵くん。祝福してくれるよね?」

ただの付き人、だから。
何も口出しする権利はないし、むしろこの縁談を喜ばなければいけない側の一人だった。

「…はい。おめでとう、ございます、…」

自分の気持ちを何も伝えられない俺に、悔しいと思う権利なんて、ない。
これ以上この場にいることに耐えられなくなった俺は、綾乃の顔も見れずにそそくさとその場を去った。

***

荷物を持って2か月ぶりの部屋に戻った俺は、ドサッとベッドに倒れ込み考え込んでいた。
2ヶ月のフランス留学に行ったことは後悔していない。綾乃に逢えることも待ち遠しかった。
それなのに。どうしてこんな。

いや、本当はわかっていたこと。昔父さんに聞かされたことがある。綾乃にはいずれ婚約者ができて、この家を離れる日が来ることを。
子供ながらにそれを聞いた俺は、悲しくて悔しくて1週間は綾乃と顔を合わせられなかった。確かまだ8歳くらいだったと思う。
しかし遠い未来のことを思って今が楽しくなくなるくらいなら、と思い直してその日から、俺は一日たりとも綾乃のそばを離れずに生きてきたつもりだ。

しかしそんな未来がもうすぐそこまで来ていたこと、約束は必ず果たされるということを、俺はわかっていなかった。
16歳になったばかりの綾乃。確かに結婚はできる年ではあるものの、まだまだ教養不足な綾乃。
もっとずっと遠く先の話だと勝手に安心してしまっていた俺が悪いんだ。

少し気を緩めると冷たいものが頬を伝う。俺の意思とは関係なく流れるそれを止めようと必死に顔を手で覆い、誰もいない部屋には小さな嗚咽だけが響いていた。

叶うわけがないと思いながら、心の、ほんの端の片隅で微かに思っていたこと。

”いつか想いが通じ合う日がくるのではないか”

もちろんそんな訳がなかったのだけれど、俺は愚かな人間なのだ。
想い人相手にほんの少しの幸せな未来も夢見ることなくそばに居続けるなんて、出来なかったのだ。

しばらく無意味な悲しみに暮れていると、扉をたたく音に気付く。幸い少し前に涙は止まっていたので、若干目は赤いだろうがまぁ気づかれない程度だろうと返事をすれば、入ってきたのは予想外の人物だった。

「父、さん」
「陵。帰ったなら声をかけに来てくれてもよかったんじゃないか?」
「あ、ごめん、なさい」

確かにそうだ。父さんへの配慮すら忘れるほど俺はショックだったのか。

「いや、そのことは別にいい。陵、ちょっと座りなさい。」

俺の部屋ながら椅子に促されたおれは、言われるまま小さなテーブル脇の椅子に腰かける。
父さんは壁にもたれたまま、険しい顔をして話し始めた。

「実はな。1ヶ月ほど前、旦那様がお倒れになったんだ。」
「え…?」

1か月前といえば、ちょうど綾乃からの電話が来なくなった時と重なった。そういうわけだったのか。
帰国するまでなんの連絡もなかったなんて、よっぽど嫌われてるのか、俺は。

「旦那様は”元気だからもう職務に戻る”とおっしゃって聞かないが、かかりつけの先生からは絶対安静のお声がかかっている。」

「旦那様、そんなに悪いのか…?」

「いや、体調自体にはそれほど問題はないが、せっかくベッドに転がったんだ、休めるときに休んでいただきたいという気持ちから、先生にはそう伝えてもらうよう頼んである。」

確かに旦那様はいつも働いていて、大財閥の主任とあれば、苦労も相当なのだろう。
それは俺には計り切れないものであった。

「そこで私が、今まで旦那様が行っていた業務を手伝わせていただくことになった。執事から、秘書という形になる。」

「…へぇ、すごいな」

「本題はここからだが。」

ふと、2か月前留学の話をされた時のような、嫌な予感が感じた。
予感、というか俺はほぼ確信していた。絶対に何かある。

「お前に、執事見習いとしてこの家で働いてもらいたい。」

…あぁ、どうして俺の運命はこんなにも過酷なものばかりを選ぶのだろうか。
神様なんか信じちゃいないけど、この時ばかりは見えもしない神様さえ恨めしかった。

この提案に俺の拒否権があるかと言えば、答えはNOだ。
俺は父さんの言ったことに逆らう資格はないから。
旦那様以外のこの屋敷の人も、学校の友達も、もちろん綾乃も知らない事実と言えば、
”俺が父さんの本当の子供ではない”ということ。
俺が2歳の時に交通事故でこの世を去った両親と古くからの友人であった父さんは、小さく物覚えもまだおぼつかなかった俺が親戚の家をたらい回しにされることを知り、自分が住むこの家に、旦那様と奥様に頼み込んで自分の息子として招き入れたそうだった。

この話は、俺が中学に上がった時に聞かされた話であり、今まで本当の父さんだと思って疑わなかった人物が実は他人であったという事実に、多感な時期だった俺はふさぎ込み、この家を出ようとさえしたくらいだった。

そんな俺を泣きながら止めてくれたのが綾乃で、こいつのそばを離れることはできない、と悟った日でもあった。

そんなわけで、それ以降どうしてもよそよそしくなってしまった俺に、「せめて”父さん”と呼ぶのをやめないでくれはしないか」と、普段無口で不愛想な顔がほとんどの父さんの、初めて悲しそうに笑った顔を見て、どうしようもなく切なくなったことを覚えている。

つまり俺はこの家の居候だ。父さんも、言ってしまえばまったくの赤の他人。
それなのにこんな俺を自分の息子のように当然に育ててくれた父さんには感謝しかしていないし、
文句も言わず住まわせてくれている旦那様方にも申し訳なく思っている。
反抗期と称して生意気な時期もあったけど、今でもどこか遠慮が残るのは確かなことであった。

そんな父さんからの提案を、俺が断っていいはずなかった。
でも、ここで働く、ということは、綾乃との甘く切ないあの時間の終わりを示している。
いよいよ立場というものが明るみに出て、誰が見てもわかる差を、突き付けられるということ。

わかってる。叶わないことはわかってる。
阿久津が現れた今、男の付き人、という俺の存在が、邪魔なのものであることの証明。
俺の気持ちを知る父さんと旦那様の俺に対する牽制なのだろう。

無意識に握り締めてしまっている手のひらが痛い。血でも出ていそうなくらい。
どうしたらいい、どうしたらいい、俺は、…俺は、

「陵。」

何も言い出せない俺を見かねたのか、父さんは壁際から移動して俺の隣に座った。
また責められるのか。見えない重圧は、怖い。

「陵、…ごめんな。お前の気持ちを、救ってやることができなくて」

驚いた。顔を上げると、今までに見たことがない顔をした父さん。
なんでそんな、泣きそうな顔してんだよ。

「俺はお前に幸せになってほしい。それは本当だ。しかし、先祖代々受け継いできた由緒正しき執事の家系である自分の性分を裏切りたくはないんだ。どうか、わかってほしい。お前は俺の、息子だから。」

----どんなに綾乃との身分の差に苦しんでも、自分がこの家にこなければよかったとは一度も思わなかった。
関係ないはずの俺に手を差し伸べてくれて、綾乃と出会わせてくれた父さんを、嫌いになったことは一度もなかった。

俺は、父さんの息子で、この家の、

執事だ。

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心にしまわなければいけない想いが山ほどある。
つかなければいけない嘘が山ほどある。

でも気持ちに鍵をかけて、進まなければいけない道がある。

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「陵!起きて!!起きてったら!!いつまで時差ボケしてるつもりなの!!」

渡航前と変わることなく、朝から綾乃が俺の部屋を訪れる。
この呼びかけに答えられる日は、もう来ない。

「綾乃お嬢様。」

静かに扉を開き、そう声をかけると、綾乃は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「綾乃お嬢様、朝はもう少しお静かに、」
「なに…、その恰好、陵、なんか変、まるで執事さんみたい」

「みたい、じゃなくて、そうなんだよ」

どこからか現れた阿久津が、綾乃にそう話しかける。

「阿久津様。おはようございます。朝、早いんですね」
「うん、まぁね。天気もいいし、デートでも行こうと思って」

にやにやこちらを見ながらそう言う阿久津に、冷静な言葉で返した。はず。

「左様、でございますか。ぜひ、楽しんで。」
「あぁ、ありがと」

息苦しいのは、まだ慣れないネクタイのせいだ。
若干目頭が熱くなっていく気がするのは昨日の寝不足のせいだ。

「陵、何やってるの、新しい遊び?いやよ、私今日は久しぶりに陵と虫取りに行けるって、」
「綾ちゃん、陵くんはもう、綾ちゃんの付き人ではないんだよ。立派な執事さんになってここで働くために、頑張っているんだ。綾ちゃんだって、応援するべきじゃない?」

よくもまぁぺらぺらと。
そもそも、なぜこのことを知っているのか。
もしかしたら、この男がこうなるように仕向けたのかもしれない。

「じゃ、じゃあ、もう二人で遊べないの…?木登りも、虫取りも買い物も、もう陵と一緒にはできないの?」

目に涙をいっぱいに溜めながらそう吐き出す綾乃に、俺は崩れ落ちてしまいそうだった。
愛しい。ねぇ、好きだよ綾乃。俺はお前のことが、

「…はい。私が綾乃お嬢様の隣を歩くことはもう、ありません。執事とはそういうものですから。」

泣き出した綾乃の肩にそっと手を重ね、「大丈夫、少し落ち着こうか。部屋に行こう。」
そう呟いたのはもちろん俺じゃない。

促されながら去っていく二人の後ろ姿を、一体俺はどんな顔をして見届けただろうか。

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第三部終

第四部→「揺らく決意。」はコチラ

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  1. ピンバック: 揺らぐ決意。 – NOVEL

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