揺らぐ決意。


「揺らく決意。」

著:まつくぼっくり

■あらすじ
見えたはずの未来。」次話
阿久津と綾乃の結婚が本当のことと知り、悲しみに暮れる陵。しかし、倒れた旦那様の代わりに大きな仕事を持つことになった父の願いで執事になることを決意する。綾乃に対する気持ちを封印することにした陵だが…。阿久津が婚約者になった本当の理由が明かされ事態が急変。

あの日から、運命の歯車は狂い始めた。いや、そんなのもうとっくの昔からだったかもしれない。
俺がそれに気づかないふりをしていただけだったのかもしれない。

—————————————

俺が執事になると決心したあの日から、綾乃は俺を避け始めた。
執事業務をこなす俺を家のどこかで見つけるたびに、わざとらしく逃げていく影がいつも見える。
…、いや、正確に言えば、避けてるふりをしている。
俺と目が合いそうになるとそそくさと走り去るくせに、柱の影からひょっこりと顔を出し、
いつまでも俺の様子を伺っている。そんなに見られていれば、振り向かなくたって気づくっての。
大方、今までの俺との変わりように驚いているんだろう。まだまだ慣れてくれるのは難しそうだ。

だけど俺は、このままだんだんと話さなくなって、いつかはただの使用人とお嬢様、の関係になれるのが一番いいのではないかと思ってもいる。
だって辛すぎるんだ。こんなに差をはっきりと突きつけられたまま、それでもなおあいつのそばにいるなんて。
何食わぬ顔をして家に住み着く阿久津は、わざと俺に見せつけるようにして綾乃をデートに誘っている。
なんにもできない、言えない自分を悔しいと思う気持ちは、もう、…しまったはずだから。

***

そんなある日、大財閥のこの家に一本の電話が入る。
旦那様や父さん宛に電話があるときは多いが、そのときは直接執務室に繋がるようになっているので、
自宅の電話がなるのは大変珍しいことだった。
つまりうちには電話番らしい電話番は存在しなく、鳴り続けるそれは俺がとることとなった。

「はい、もしもし」

『あ、翔、その家にいますか?』

女の人の声。てっきり仕事関係の電話だと思い込んでいたため予想外の相手宛だったことに驚きながらも、なぜ阿久津宛の電話がここにくるんだという意味不明なもやもやに気を取られなかなか何も発さずにいると、

『…あの?あぁ、私、美香って言います。山本美香。翔に名前を言ってもらえたら伝わると思うのだけど。』

「あの、…阿久津さんとどういう関係の方でしょうか。」

『…君、陵くんでしょ。』

ふふ、と楽しそうに笑う電話口とは裏腹に、自分の名前を知っているこの人に俺は不信感を覚えた。

『陵くん、でしょう?綾乃ちゃんの騎士(ナイト)って噂の』

どんな噂だ。そう思ったが、俺をそんな言い方するやつはひとりしかいない。
99%阿久津だろう。
俺のことをこんな知らない人にまで話していると思うと、あまりいい気分ではいられなかった。

「阿久津さんに代わればいいですか」

多少むすっとした声で俺が言えば、また電話口でくすくす笑う声。

『えぇ、お願いするわ』

含み笑いのまま返事をする女性に少しばかりいらっとしながらも、
大人しく了承してそのまま待っているように頼んだ。

阿久津は、どこにいるだろう。
自室にいる姿はあまり見かけていないが、とりあえず声をかけに言ってみるか。

――――――コンコン

「阿久津さん、お休み中失礼します、陵です。いらっしゃいますか。」

静かに声をかけると、中で物音がした。
どうやら当たったみたいだ。電話を待たせていることもあり若干焦っていた俺だが、開いたドアから覗かせた顔に思考が停止した。

「…陵」

「な、んで、…あ、お嬢様が、ここに、」

部屋から出てきたのは、綾乃だった。ここ、阿久津の部屋だよな、なんで、

「綾ちゃん?陵くんは俺に用事だって言ったでしょ。大人しく中で待ってて?いいね?」

その後ろから阿久津も出てきていよいよ俺はわけがわからなくなる。
いくら婚約者だからといっても、ついこの間出会ったばかりだろう。もう、お互いの部屋を行き来する関係になっているのか?
阿久津に声をかけられ本当に部屋の中に戻っていく綾乃の背中は、俺の知っている綾乃とは少し違って見えた。
なんだかとても寂しそうな気がして。思わず声をかけそうになり口を開こうとしたそのとき、それをさせないとでも言うかのように阿久津の声が聞こえてきた。

「陵くん。何か俺に用かな?ちょっと今忙しいんだ。」

「あ、…すみません。阿久津さん宛にお電話が来ていて」

俺は何を。もう綾乃への気持ちは消すと決めたはずだ。
少し姿を見たくらいで前見たいに声をかけたくなるだなんて、ダメに決まってる。しっかりしろよ、自分。
ぎゅう、と心臓が痛くなるのを感じながら、必死にそれが勘違いであると自分に言い聞かせる。

「電話?この家に俺宛の?」

「はい、僕も不思議だとは思ったのですが、えっと、山本美香さんという方からです。」

相手の名前を伝え顔を上げると、先ほどの様子とは打って変わって険しい顔をする阿久津がいた。

「阿久津さん?お電話、相手の方がお待ちですので一階の広間の受話器にお願いします。」

「あ、あぁ、わかった、ありがとう。今行くよ」

その怒ったような戸惑ったような顔はすぐに元に戻ったが、どこか引きずった表情は変わらないままだった。
あの女性とは、あまり良くない関係の相手なのだろうか。そう思ったところでなんだか馬鹿馬鹿しくなり、考えるのをやめた。なんで俺が阿久津の心配をしてやらなきゃいけないんだ。

***

「…もしもし」

『おっそ。待ちくだびれちゃった。途中で切れちゃったのかと思ったのよ?』

「…悪い、手が離せなくて」

『嘘よ。そこに住み始めてからかなり退屈してるって聞いたけど?』

「忙しい時だってあるよ、俺にも」

『そう。まぁいいの。問題さえ起こさないでくれていれば私は』

「…用件はなに。」

――――――――――

とてもいい雰囲気とはいえない様子だ。
この家に阿久津宛に電話が来るなんて絶対綾乃絡みだと思ってつい聞き耳を立ててしまっている。
あの広間の電話は古くて、電話口の声はわりと筒抜けな上に広間の設計は大きく声が響くようにできているので、少し近づけばある程度声を聞き取ることは可能だった。
少なくとも俺はまだ聞いたことのないくらい低い阿久津の声と、さっき俺にしたように明るく少しばかり上から目線な(気がする)山本さんの声が聞こえてくる。

『ひどい言い方ね。あなたが今そこにいるのは誰のおかげだと思ってるのよ』

「…俺は別に頼んでない。そっちが勝手に根回ししたことじゃないか。第一俺には、」

『翔。何の話をするつもり?あの子のお母様はまだ、目覚められていないのでしょう?』

「…っ、本当に、投薬してくれるんだよな。約束は、守ってくれるんだよな。」

あの子?お母様?投薬?いったい何の話をしているんだ。綾乃のお母さん、奥様は寝たきりなんかではないし、そもそも病気も知らないくらいぴんぴんしている。好奇心旺盛な綾乃の性格はたぶん奥様からだ。
って、今はそんなこと関係なくて、いったい誰の話をしているんだ…?

『もちろんよ。合併の話がうまくいけば必ずね。』

「ちょっと待ってくれよ、上手くいけば…?約束が違う、結婚さえすればいいってあの時言ったじゃないか!」

『ちょっと。声が大きいわ。そちら側に聞かれでもしたらどうするつもり?』

「だったらなんでわざわざ自宅にかけてきたんだよ。携帯知らないわけじゃないだろ?
大方陵くんと会話したかったとかそんなとこじゃないのかよ。好きだないつまでもそういうの。っそれで、」

『…生意気な発言は今は許してあげる。えぇ、そうね言ったわ。翔があのお嬢様と一緒になってくれれば合併の話が大きく動くだろうって。その事業が上手くいってからじゃないと、新薬の投与だって現実的じゃないわ。そのくらいわかった上で了承したんでしょう?翔だって馬鹿なわけじゃないんだし。』

「っ頼むよ…幸子(ゆきこ)さんを助けたいんだ。」

『お母さんを救った正義のヒーローになりたいだけじゃなくて?』

「俺が救えるならこんなところにいるわけないだろ!?どうにもならないからこうして、俺は…っ」

『もう、興奮しすぎよ。やめてくれる?お腹の子がびっくりしちゃう』

「…あぁ、もう生まれるんだっけ、待望の男の子、なんだろ?」

『そう、おじさまたちも喜んでくれていて良かったわ』

頭が混乱してわけがわからない。阿久津は自分の意思でここにいるわけではないということか?
幸子さんという人を助けるために新薬の投与が必要で、その投与にかかる金にこの家との合併、つまり綾乃との結婚でできた資金をあてるつもりなのか?

確か旦那様は阿久津の家と企業提携するとおっしゃっていた。綾乃との結婚はその流れがあってのものだと思っていたがもしかしたら声をかけたのは阿久津が先だったのではないだろうか。
他人の考えに綾乃の未来が利用されるなんて理不尽にも程がある。なんて勝手なんだ。やはりあいつのことは大嫌いに変わりは無かった。
でも、

「もう二度と希(のぞみ)に会えないことは覚悟してる。それでもいい。だからせめて、希を一人にしたくないんだ…
希にはもう、幸子さんしかいないんだ、実の母まで失ったらあいつは、たぶんもう、…っ」

あいつにも何か特別な、こうせざるを得ない事情がありそうで俺は心からあいつを責めることはできなくなりそうだった。

『まったく、翔は本当にあの子が大切なのね。まぁいいわ、今のところは順調なようだし。電話の用件もたいしたことじゃないの。翔がどうしてるかって様子を伺いにね。それからあなたの言ってたお嬢様のナイトくんがどんなものかと思って。』

「はぁ、やっぱり。…陵くんはとても大人だよ。年下とは思えない。彼もまた、俺と同じように愛する人を諦めなければいけない身だけどね。俺のせいで、陵くんも、綾ちゃんもとても不幸だ。」

『それだけ人を不幸にしても、そこから身を引くつもりはないのでしょう?』

「俺にも譲れないものがあるんだよ。わかってるくせに。」

『ふふ、そうね。わかってるわ。あ、そうそう、来月の頭にあなた達二人の婚約会見パーティーを開くから。
そこで世間様にも発表するつもりよ。また別に詳しく話がいくと思うからそれまでもうしばらくそこで宜しくね。』

「…あぁ、わかった。じゃあまた、姉さん。」

姉さん。阿久津は確かにそう言った。かなり追い詰められているように見えたが、あれが自分の姉に対する態度なのだろうか。
なんだかとても不自然に見えた。それに、俺らのことを不幸だ、とも言っていた。
俺はともかく、好きでもない相手と一緒になる綾乃は確かに不幸だ。

しかし、綾乃の未来を奪ったあいつを許せない。そう思う気持ちはなぜか薄くなってしまっていた。
阿久津はきっと、”希さん”を愛している。俺が綾乃を想うようにすごく、大切な気持ちで。

心なしか泣きそうな顔をして俯いた後、大きなため息をついて顔を上げた阿久津は、もういつもの嘘くさい笑顔の貼り付いたそれだった。
こっちに向かって歩いてくるのが見え見つかってはまずいと俺はなるべく静かにすばやくその場を去った。
その時俺は気づかなかったんだ。後から考えればどうしたっておかしなことなのに、なぜ疑問に持たなかったのだろう。

「阿久津翔」が”姉さん”と呼んだ相手が「山本美香」という名前だったことを。

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第四部終

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このシリーズのまとめ読みはコチラ

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3件のコメント 追加

  1. ひなチャロ より:

    いつも読ませてもらってます(.. )♡
    とっても面白くて、この先の展開がすごい気になります
    続き、楽しみに待ってます^^*
    これからもがんばってください
    応援してます。

    いいね

  2. 中村雅也 より:

    とてもおもしろい!
    毎回楽しみにしてます!!

    いいね

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