街の時計屋さん


「街の時計屋さん」

著:もなみ。 

■あらすじ

忘れられた古びた時計修理店。久々のお客さんは高そうな服を着たひとりの女性。
大切そうに持って来たその時計を直してほしいと依頼されたが…
時計と刻んだ、かけがえのない思い出を。

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時計を直したところで、自分の壊れた時が戻ってくることなんてない。
そう、わかっているのだが僕の仕事は時計を直すこと。

償えるのなら、一生かけてでも時計を直そう――――。

古びた鉄と油の匂いと、テーブルに乱雑に置かれた工具。周囲に置いてある種類も年代も様々な時計。
そこには何年もの時を刻んだ時計たちが動いている。
この街も随分景気がよくなり、街ですれ違う人々はきらびやかなアクセサリーやバッグ、高級な皮で作られた靴、最新の性能を兼ね備えた光るような美しい時計を身につけ始める。

そんな活気づいた街の裏路地にひっそりと古びた時計修理店があった。
もう、人々はその時計屋を忘れてしまったのか、それとも見えなくなってしまったのか。

「どなたか、いらっしゃいますか」
そんな時計屋に訪れてきたのは、美しい服を着た若い娘。中でもその服は相当な価値がありそうな代物だ。栄えてきたこの街でも、こんな服を着た女性は滅多にいない。

「いらっしゃいませ」
彼女は不安げな表情で、古びた時計を差し出す。
「とても古い時計なんだけれど、直せます?」
そんなキレイな服を着ているのだから、新しい時計を買えばいいのに。なんて思ったが、かなり使い込んでいるその時計を見ると、なんだか胸が熱くなった。

時計には時を刻んだ思い出がたくさん詰まってるのだから。
僕は金持ちは好きじゃないが、少なくとも目の前にいる久々のお客さんは悪い人ではなさそうだ。

「いつ頃に作られた時計ですか?」
その質問に困った彼女は「父のなんです…」と答えた。
「わかりました、修理してみますがここまで古いと動くようにならないかもしれないので、その時は代金は頂きませんので」
動かないかもしれない。そんな言葉を聞くと、彼女はとても悲しそうな顔をした。

1週間後に受け取りの約束をし、その娘は帰っていった。

***

大分錆びたその時計を修理するのは難しそうだった。
直らなかった、と言ったら彼女はどんな表情をするのだろう。そんなことを考えていた。
しかし、やはりそう簡単にはいかなかった。

1週間後、彼女はこの店に現れることはなった。

あんなに大切そうにしていたのに、どうして彼女は来なかったのだろう。
来る日も、来る日も彼女を待ったが、この店に訪れてくるのは、年寄りばかりだった。
なんだか夢を見ていたようだ。
この仕事をし始めてから、毎日のように時計と向き合ってきたからか頭がおかしくなってしまったのかもしれない。それか、自分はもしかしたらもう死んでいるのかもしれない。

それでも彼女を待ち続けた。
季節は変わり、冬を迎えた。

 ***

ある日の突然の訪問者に僕は驚きを隠せなかった。
隣の町にはお城がある。なんでも、この国の国王様が住んでいる。
そんな無縁なところから、わざわざこの店を探しに来たと言ったので、もうなにがなんだかわからずパニック状態だった。まさに、夢を見ているようだった。

国王様は何か月か前に亡くなったと知ったのは、この時だった。
ちょうど、あの娘が時計を直してほしいと訪ねてきたころだった。

「使いで参りました。あなたに会っていただきたい方がいます。時計は直りましたか?」
その一言で、彼女が持って来た時計だと確信した。
「いえ…それが…あの時計は大分古いものでして…」
「それでは、この時計を代わりにあの方へ持って行って頂きたいのです」
差し出されたのは、彼女が持って来たそっくりの時計だった。僕は胸の奥が張り裂けるような思いになった。

嘘をつくことになる。彼女の大切な思い出を傷つけることになるのだ。
しかし、逆らえば命がなくなってもおかしくはない。僕は時計を直すことだけが、それだけが生きていくための糧となっている。しかし、時計は直らなかった。

どう転んでも自分にはどうすることもできなかった。
ただ、あんなにひとつの時計を大切にしていたお客さんにもう一度会いたかった。
ほんとうに、ただ、それだけだ。

***

「お嬢様、隣町の時計屋を連れて参りました」
「…通して」

目の前の彼女は、あの何か月か前に訪れてきた時とは随分変わり果てていた。体は痩せ、頬はやつれていた。まるで、自分の母と重なるようだった。
大切な何かを失ったような、そんな気がした。
それは、自分も同じことを経験したからわかることなのだろうか。

僕は、そんな気持ちを押し殺して、彼女にニセモノの時計を渡した。
彼女の表情は固まった。きっと気づいてしまったんだ。これがニセモノだということに。
「…ありがとう」そう言って作り笑いをする彼女は、とても大人びていた。
そんな彼女は何よりも美しく思えた。

「僕の母は、僕が小さい時に亡くなったんです。父は時計屋を営んでいましたが、僕は金にならないあの時計屋が嫌いでした」
突然、僕が昔話を始めたので、彼女は戸惑ったが、真っ直ぐに僕の話を聞いてくれた。
「あんなに素敵な時計屋さんなのに、どうして?」

僕は、どうしてこんな話を彼女にし始めたのはよくわからなかったが、自分の心の内を彼女に話してもいいのではないかと、そう思ったのだ。

***

父は手先が器用だったが、性格は不器用な人だった。母はその真逆で人当たりのいい温かい人だった。
母と一緒にいることも好きだったが、父の仕事をしている背中も好きだった。
僕もいつか時計職人になりたいと夢見ていた。
しかし、経営は厳しかった。母は食事を抜くことが多かった。父はそれを知らなかった。
やせ細っていく母はついに、病気になってしまった。しかし、薬を買うお金も、医者に診てもらう金もうちにはなかった。
そんな風になってしまったのは父のせいだと、いつしか恨む気持ちに変わっていった。そして、この店も時計も全て嫌いになった。

そんな時、父の仕事をしている背中を久々に見た。幼い頃見たあの背中と何も変わらない、まっすぐに時計と向き合う父の姿がそこにはあった。
だが、そんな父の背中を見たのはその日が最後だった。父は倒れた。突然の死だった。
そんな父が最後に残したのは、この時計屋だった。
親孝行もできないまま、父は旅立ってしまったのだ。償っても償いきれない。
僕は、あの時間が戻ってくるのではないかと必死に時計を直し続けた。

***

話し終わると、彼女は涙を流していた。

「あの時計は、父の形見だったんです。でも、こんなことにこだわってたら国を守っていけないものね」
彼女は強い人なのだろう。そしてとても優しい。
「思い出が詰まったものだったんですね」
彼女はコクリと頷いた。
「ごめんなさい、すぐに時計を取りにいけなくて。でも直らなくてもよかったの。これは父の人生を刻んだ証だったから」

僕はポケットから、ホンモノの時計を取り出し、彼女の腕にはめた。
彼女は、涙の顔で微笑んだ。

彼女の悲しみがどうか、少しでも癒されますように。

彼女のような心優しい人がいたなんて嬉しく思った反面、もう会うことはないのだと、心は沈んでしまった。
また、会うことができたなら――――――。

僕は、帰り道を見つめ歩きだした。

「あの、また会えるかしら」

「いつでも、うちの時計屋にお越しくださいませ」

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END

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